無花果の花は蜜を滴らす17
あの日から万里くんは、あたしに愛されることを諦めた。
代わりにあたしは、彼を愛することを諦めた。
「つくし、つくし、愛してる」
万里くんは、愛を囁き、狂ったようにあたしを抱き、何度も果てる。快楽に身を任せていられるうちは、まだ幸せだった。万里くんの執着が増すごとに、あたしの身体は濡れなくなった。なのに、あたしの身体が濡れなくなるほど、万里くんは苛立ち、あたしにより執着をみせた。
渇いた隘路は、過度の摩擦でひりつき、血を滲ませた。潤滑油 を塗布しなければ、万里くんを受け入れられない。それでも万里くんはあたしを抱き続けた。
夜が来るのが、万里くんに触れられるのが、怖かった。
あたしと万里くんは、いつの間にか出口のない悪循環の輪の中に入っていたのだりう。あたしの心と身体が傷ついていたのと同じくらい万里くんの心も傷ついていたんだと思う。
「学園には行かなくていいから」
週に一度外に出るのも嫌がり、自分が不在の時には、使用人が別邸に入るのも、果ては……瞳子おば様と会う事さえも嫌がった。
あたしが万里くんを追い詰め、万里くんがあたしを追い詰めた。愛せたらいいのに、何度思ったかわからない。
でも……無理だった。
その日は、珍しく穏やかな朝だった。万里くんは満面な笑みを浮かべ
「ねぇ つくし…… 俺を愛せない理由って何?」
そう聞いてきた。あたしの視線が何かを考える仕草をした。それを見た万里くんは形の良い薄い唇を歪ませ
「……花沢がいるから?
ねぇ 教えてよ。なんで俺じゃダメなの?
俺とアイツどこが違うんだよ? 容姿だって頭脳だって家柄だってアイツに負けてないと思う。
なにより、つくしを愛してる気持ちは負けてないはずだ」
万里くんのいうことは、間違っていないのだろう。
でも……
恋は理屈じゃない。
愛してくれる人を愛せるならば、本当に幸せだろう。
でも……
愛は不条理だ。
年月も順番も義理も倫理観さえも、凌駕する。
恋してしまったから
愛してしまったから
ただそれだけで、幸せになったり、不幸せになったり出来るのだ。
あたしは、万里くんに恋をしない。万里くんを男として愛せない。でも……嫌いにはなれなかった。いっそ嫌いになれたらよかったのだと思う。嫌いになれていたら、万里くんの狂気を引き出す事などなかった筈だ。
「ねぇ つくし、愛してる」
万里くんの腕が伸びてあたしを抱きしめる。万里くんのフレグランスの香りに絡めとられたあたしは一瞬、身体を強張らせた。
両指があたしの首をゆっくりと這った。万里くんは美しい微笑みを携えたまま、両指に力を込める。
万里くんとの出口の見えない関係に疲れ果てていたあたしは、それを黙って受け入れた。このまま死んでも構わなかった。死んだら楽になれるとさえ思った。意識を失いかけそうになった瞬間_________彼ともう一度会いたいという思いが、あたしの奥底から湧き上がり
「_____ヤッ____シニタクナイ」
万里くんは、突然上げたあたしの声に我を取り戻し、あたしの首元から手を離し呆然と立ち竦んだ。
生きたい_______生きて彼にもう一度会いたい。その思いだけがあたしを突き動かす。
あたしは扉を開け、外に駆け出した。

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代わりにあたしは、彼を愛することを諦めた。
「つくし、つくし、愛してる」
万里くんは、愛を囁き、狂ったようにあたしを抱き、何度も果てる。快楽に身を任せていられるうちは、まだ幸せだった。万里くんの執着が増すごとに、あたしの身体は濡れなくなった。なのに、あたしの身体が濡れなくなるほど、万里くんは苛立ち、あたしにより執着をみせた。
渇いた隘路は、過度の摩擦でひりつき、血を滲ませた。
夜が来るのが、万里くんに触れられるのが、怖かった。
あたしと万里くんは、いつの間にか出口のない悪循環の輪の中に入っていたのだりう。あたしの心と身体が傷ついていたのと同じくらい万里くんの心も傷ついていたんだと思う。
「学園には行かなくていいから」
週に一度外に出るのも嫌がり、自分が不在の時には、使用人が別邸に入るのも、果ては……瞳子おば様と会う事さえも嫌がった。
あたしが万里くんを追い詰め、万里くんがあたしを追い詰めた。愛せたらいいのに、何度思ったかわからない。
でも……無理だった。
その日は、珍しく穏やかな朝だった。万里くんは満面な笑みを浮かべ
「ねぇ つくし…… 俺を愛せない理由って何?」
そう聞いてきた。あたしの視線が何かを考える仕草をした。それを見た万里くんは形の良い薄い唇を歪ませ
「……花沢がいるから?
ねぇ 教えてよ。なんで俺じゃダメなの?
俺とアイツどこが違うんだよ? 容姿だって頭脳だって家柄だってアイツに負けてないと思う。
なにより、つくしを愛してる気持ちは負けてないはずだ」
万里くんのいうことは、間違っていないのだろう。
でも……
恋は理屈じゃない。
愛してくれる人を愛せるならば、本当に幸せだろう。
でも……
愛は不条理だ。
年月も順番も義理も倫理観さえも、凌駕する。
恋してしまったから
愛してしまったから
ただそれだけで、幸せになったり、不幸せになったり出来るのだ。
あたしは、万里くんに恋をしない。万里くんを男として愛せない。でも……嫌いにはなれなかった。いっそ嫌いになれたらよかったのだと思う。嫌いになれていたら、万里くんの狂気を引き出す事などなかった筈だ。
「ねぇ つくし、愛してる」
万里くんの腕が伸びてあたしを抱きしめる。万里くんのフレグランスの香りに絡めとられたあたしは一瞬、身体を強張らせた。
両指があたしの首をゆっくりと這った。万里くんは美しい微笑みを携えたまま、両指に力を込める。
万里くんとの出口の見えない関係に疲れ果てていたあたしは、それを黙って受け入れた。このまま死んでも構わなかった。死んだら楽になれるとさえ思った。意識を失いかけそうになった瞬間_________彼ともう一度会いたいという思いが、あたしの奥底から湧き上がり
「_____ヤッ____シニタクナイ」
万里くんは、突然上げたあたしの声に我を取り戻し、あたしの首元から手を離し呆然と立ち竦んだ。
生きたい_______生きて彼にもう一度会いたい。その思いだけがあたしを突き動かす。
あたしは扉を開け、外に駆け出した。
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