ちび おにぎりころりん 総つく
父様や、母様は勿論の事、邸中が夜咄の茶事の支度で大わらわだ。
それもその筈、今日の夜咄の茶事のお客様は、西門の中の重鎮5人衆なのだ。
日が暮れると、露地行灯が濡れた露地を照らし出す。幻想的な雰囲気に包まれる。
茶道を生業にする家に生まれた事に感謝をする瞬間だ。
夜咄の茶事に、出る事を許される日を、僕は夢見る。
手燭や竹檠の灯りだけの夜咄の茶事‥
「にぃにぃ、にぃにぃ」
すぅちゃんが、静寂を破る。
「っん?すぅちゃんどうしたの?」
「すぅちゃん、おなかしゅきました。」
夕刻からの、夜咄茶事の懐石で板場のものは、大わらわの時間だ。
うーーん、参ったなーー 僕は考える。
「すぅちゃん、もうちょっとだけ待てない?」
「すぅちゃん、もうちょこっとだけもまてましぇん。」
「そっかー。あっ、じゃぁさ、母様が作って下さったおにぎり食べる?」
「さっき、ととさまと じじさまと いっしょにたべちゃいました。」
「えっ、アレって僕とすぅちゃんの分だよね?」
「ととさま と おじじさまで、6つたべちゃいましたよ。」
母様のお握り‥‥ 僕の大好物なのに‥ ひ、ひ、ひどい。
父様も、お爺様も‥ ひどい‥
「に、に、にぃにぃ‥ す、す、すぅちゃんは 一つだけですよ。」
丁度、その時,志摩が通りかかる。
助けを得たとばかりにて、すぅちゃんは走る。
「あっ、シマしゃーーーん。すぅちゃん、おなかしゅきましたぁー」
「菫様‥」
「ちゅいましぇん。こんどは、はしりましぇん。」
素直なすぅちゃんに、ちょっぴり驚く志摩。
ニッコリと笑い手を繋ぎ、すぅちゃんと奥に消えて行く‥
怒りの炎が消えないのは‥
後に残された‥ ちび若様
あら、あら、ワナワナ手が震えてるいらっしゃる?
「夜咄茶事の時の僕のお楽しみなのに‥」
いつもは、温和なちび若様の目に、怒りの炎。
「櫂様、お食事がご用意出来ましたよ。」
志摩が呼びに来る。
***
チュンチュンチュン 雀の泣き声が朝を告げる。
「総、ご飯出来たよぉー」
つくしが、俺の頬にキスをして起こしてくれる。
夜咄茶事の次の日は、頬のキスで起こしてくれる。つくしちゃん、つくしちゃん。俺、昨日は重鎮5人衆を相手に亭主を立派に努め上げたぞ。もうちょっとだけ、なっなっ、つくしの腕を掴み引き寄せようとした瞬間‥
襖が、バーンと開き
「ととさま、あさごはん できてましゅよ」
菫が、絶妙なタイミングで入ってくる‥
っん? 櫂いなかったっけかな? 休日の朝は、櫂が菫の面倒を見てくれている筈なのに‥可笑しいな?と思いながら、ダイニングルームに行くと、櫂は既に席についている‥
「父様、おはようございます」
心なしか、櫂の視線が、つ、つ、冷たい?
いや、いや気のせいだろう‥ と気を取り直し、朝食を食う。
久しぶりに、何もない休日。家族4人でまったりとゆっくり過ごす休日。
つくしと菫、櫂の3人で、苺のタルトの仕上げをしている。ご機嫌で苺を並べていく櫂。
「やっぱ、さっきのは気のせいだな。」俺は、一人呟き、原稿の仕上げをするのに書斎に向う。
「ととさま できましたよー」
菫が俺を呼びにくる。菫と二人で手を繋ぎ、居間にいく。
櫂は、親父を呼びに行ったかな?
いや、ソファーに腰掛け、優雅にタルトを口にしている。
っん?なんか変だ‥ いつもなら、甘いモノに目がない親父を気遣い、真っ先に声をかけにいくのに‥
つくしと目で会話する。何も思いつかねぇ‥
普通っちゃー普通なんだが‥ いつも人を気遣う櫂が‥
どっか具合でもわりいか? 腹でも痛ぇか? 俺は心配になる。
顔色も良いし、美味そうにタルトを食ってる。
うーん。櫂に一体何があったんだ?
菫が、親父達を呼びにいってくれ、ほどなくして、親父達がやって来た。
親父も、櫂ではなく菫が呼びに来たことを、不思議に思っているのか、櫂をチラッチラッと盗み見ている。
「お婆様、お爺様 おはようございます。」
いつものように、満面の笑みで挨拶をした後は、親父の視線には、わざと気付かない振りをしている。
「母様、残りのタルト、志摩と宮地さんに持っていってあげてもいいかな?」
「えぇ。お願いしまーす。 あっ、ついでに、大野君達にも持っていってあげてくれる?」
「はい。」
櫂が部屋を出て行くと‥
「櫂に嫌われる事を何かしてしまったかなぁ?」
親父が、淋し気に項垂れている。
菫が‥
「ととさまと、おじじさま、おにぎり‥たべちゃったからでしゅよ」
お袋が
「あらぁー、それはダメですわよぉ。夜咄茶事に一度は、出てみたい櫂の心の慰めが、つくしちゃんのおにぎりなんですから~ あーあぁ。私は知りませんったら、知りません。」
「かかさま、すぅちゃんは1つだけでしゅよ。」
「っん?すぅちゃん1つしか食べてないの?えぇっーーー って、7つ作って置いておいたんだけど‥」
3人の女衆の眼差しが痛い‥
「いや、沢山あったから、お味見と思ってね‥」
「あははっ、最初に見たときから数が減ってたから、もう食べ終わったのかな?と思って‥」
どんな言葉を見繕ってみても、言い訳にしかならず‥
親父と2人で項垂れた‥
しばらく項垂れた後‥ 親父が手を叩き、俺の耳許に話しかける。
ニンマリと2人で顔を見合わせ、つくしとお袋に頼み込み、俺等は用意を始める事にする。
宮地を呼び、手伝いをして貰う‥
心なしか宮地が嬉しそうにしながら、板場に指示を出している。
菫を呼び
「続けてで悪いが、今日の夜も、志摩と美代ちゃんと遊んで待っててくれるか?」
菫はニンマリ笑い
「ととさま、すぅちゃん、まじょっこセットがほしいでしゅ」
ここぞとばかりに頼んでくる。
「ヨシ解った。」
「あい。まってましゅ」
ニコニコしながら、親父の元に駆け寄って行く。
っん?親父の元?
聞き耳を立てる
「おじじさま、すぅちゃん‥ひとりおるしゅばんでしゅ‥」
「ごめんなー。すうちゃん‥」
慌てて手を振る菫。親父を見上げ
「いいんでしゅ。いいんでしゅ。ただ‥すぅちゃん、カウボーイセットがほしいんでしゅ」
あははっ あいつ抜け目ねぇなー 親父は、大野を呼び命を出している。
大野と美代ちゃんに手を引かれ、早速、買い物に行くようだ。
菫は、ニンマリニンマリほくそ笑んでいる。
***
すぅちゃんが、大野君と美代ちゃんと一緒に買い物に出掛けてしまった。
いつもなら、父様や母様を一人占めに出来る時間で、嬉しい筈なのに‥
つまんない。つまんない。あぁーあ つまんない。
何やら、邸の中も忙しない。
お爺様と碁の勝負でも?と思い‥慌てて首をふる。
あぁ、つまんない。つまんない。つまんない。
すぅちゃんも、どうせ行くなら僕も連れて行ってくれればいいのにさっ。
いつだって、そうさ、僕なんて‥ふんっ おにぎりだってみんな食べちゃうしさっ
「櫂、ちょっと良いかしら?」
母様が、半東さんの時に好んで来ている着物姿で、僕を呼びに来る。
っん?なんだろう?
着物に着替える。母様がお稽古付けてくれるのかな?
お婆様と、お爺様が僕を待って行って下さって‥
邸の庭に通されて、待ち合いに入る。香煎の白湯が出される。僕の好きな蘭の花。
日が沈み‥辺りには暗闇が訪れる。 露地行灯に灯りが入る‥
露地行灯の灯りに足下を照らされて、前に進む‥
僕は、期待で胸が膨らむ‥
お茶室から、父様か出て来て、お爺様のもつ手燭を交換する。
全てが夢のように進められていく。
手燭や竹檠の灯りだけの夜咄の茶事‥ 美しく幻想的な時間。
石菖が飾られている。
お濃茶の後に、つづき薄、薄茶と続き、父様が、一旦一旦席を終えられる。
水屋から箱炭斗を持って来られる。夜咄特有の留め炭だ。
炭をつぎ、香を炊く。夜咄を楽しむ。
立ち炭を合図に席を立つ。
父様は、躙り口を開け、僕等をお見送りして下さる。
その後、一人残られ 独座観念なさる‥
茶の道を究める事に、心血注いでいらっしゃる 父様、お爺様に、それを支える、母様、お婆様に、改めて敬服する。
家元、家元夫人に礼を言い、母様に、手紙を託し僕は眠る。
夜咄の茶事に酔いしれ、僕は眠る。
***
つくしが、櫂からの手紙を手渡す。中に書かれていたのは、
夜咄の茶事の事。
西門に生まれ、茶を生業として生きていく事を幸せに感じる。
父様の子として生まれ、幸せだと書かれている。
俺の頬を一筋の涙が伝う‥
そして
明日は、すぅちゃんの面倒は僕が見ていますので、どうぞごゆっくり。
の一文‥
あははっ、ではでは、お言葉に甘えさせて頂きますか~
斯くして夜は過ぎていく‥
おにぎりころりん、すってんてん。
一番得をしたのは、果たしてだぁれ?
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