ずっとずっと 100

薫と子供達が、楽しそうに、朝からキッチンで格闘している。

光が、あたしを呼んでいる。
「ママァ−　見て見て～」
「うふふっ、もう見ちゃって良かったの？」
「ママ、まだダメ～」

「ひぃ君ダメでしょ」
琉那に怒られて、シュンとしている光に
「ひぃ君、ママはまだ見てないから大丈夫だよ。」
薫が優しく慰めている。

「ママ～　ママは、ご本でも読んでいらしゃって」
「はーい。了解。」

琉那の大きな声が邸の中に響き渡る。

しっかりもので明るい琉那。あたしの宝物。
彼女が生まれた時、あたしの人生は、この子のために捧げようと決心した。
愛しても愛しても、愛し足りない我が娘。
琉那が生まれた時、薫も、お爺様達も涙を流して喜んで下さった。
光が生まれた時もそうだったわね。
宝珠の筒井の希望だと、涙を流して喜んで下さった。

うふふっ、光が生まれた時は、次期後継者だと、周りの方が、大変だったわよね。
そしたら、珍しく薫が怒ったのよね。琉那に継がせるつもりだって。うふふっ、琉那に継がせて、琉那は嫁には出さないって。
お祝いに駆けつけた、かおるちゃんと、悠斗が、苦笑いしていたっけ。

あたしのお誕生日に、薫がケーキに飾り付けをしてくれたのは、いつからだろう‥結婚して、5年目の誕生日だったかしら？料理長とキッチンから中々出て来ない薫‥
やっと出て来たと思ったら、鼻の頭にチョコンと生クリームがついていた。
時折見せるお茶目な薫が、愛おしくて愛おしくて‥　笑いながら泣いてしまった。

ねぇ、薫‥　あたしはあなたを愛しているのよ？
薫と、子供達を過ごす日常をあたしは愛しているのよ。


あたしの中の良心が言う。
だったら、薫に言えと。
司に逢いに行くように、命を出すのをもう辞めてと。言えと

そうだよね。その言葉を薫は待っているんだよね。

あたしの優柔不断の心が、薫を傷つけてしまうと知っているのに‥
あたしから言い出すのを待っていると知っているのに‥
「もう辞めよう」そのたった一言が、あたしには、言えない。
何度も何度も喉元まで出かかっては、何度も何度も呑み込んでしまう言葉。

司と会って、当たり障りのない会話をしてお茶を飲むだけなのに、ただそれだけなのに、ただそれだけの事を辞めれない。

今日こそ、言おう‥　そう決心する。

でも、琉那の誕生日までは、あと半年近くもある。
ソノトキニ，コトワレバイイ‥　悪魔が囁く。

断れないと知っている癖に、幸せの今、わざわざ事を荒立てる事もないと、悪魔の囁きにのってしまう。


あたしは猾い‥
光の森で司と再会してから、幾年の日々が過ぎたのだろう？
あの日から、あたしの心の一部はずっとずっとあなたを裏切っている。
あたしは猾い‥

だけど、あたしの場所は此処だけ。　薫‥あなたの隣だけ。


＊＊＊

玄関ホールで、薫を待っていると、ほどなくして車が到着する。
片倉さんと共に、薫が降りてくる‥
心に疚しさが残るあたしは、一瞬、薫から目をそらしてしまった。

「つくし」
いきなり腕を掴まれ、筒井の薫の部屋に連れられる。

「か、か、薫どうしたの？」
「なんで、君は目をそらすの？何か疚しい事でもあるの？」
あたしは、プルプルと首を左右に振る。
「だったら何故？僕から逃げようとするの？」
「逃げてなんていないよ。薫、変だよ。どうしたの？」
「つくしは、猾いね‥」

薫は、あたしを壁に押し付けキスをして唇を噛んだ。
「痛っ」
「逃がしはしない。絶対に‥」

薫が部屋から出て行く音がする。
あたしの唇を紅い血が流れる。

何が悲しいのか解らないまま、頬に涙が伝う。
ただ一つ解ったのは、あたしは薫を傷つけているという事。
このまま消えてしまえば、薫の心は救われる？
誰か教えて‥‥　
そう思った瞬間

「しぃちゃん」
亜矢さんが、何も言わずにあたしを抱きしめてくれる。
あたしの瞳から涙が流れ続ける。


片倉だけが部屋に入って来る。薫はどこかと問えば‥
「お部屋の方に行かれました。」そう答える。
雪乃ちゃんが、由那ちゃんの名を呼びながら、取り乱している‥
「亜矢ちゃん、亜矢ちゃん‥どうしよう、どうしよう‥由那が、由那がいなくなっちゃう。」
お医者様を呼んで貰うように、メイドに命じる。

薫が部屋に入って来て
「僕は社に戻るけど、つくしを邸から出さないで」
片倉に命じている。

こんなにも感情を露にする薫を初めてみた私は戸惑いを隠せない。
何があったの？全てを教えて欲しいけど、今の薫に聞いては駄目だと私の理性が告げる。

薫は、宝珠の筒井のトップの男の顔になり
「お婆様もくれぐれも勝手な行動はなさらないようになさって下さい。」
そう言い捨て、邸を後にした。

遠野に雪乃ちゃんを任せ、薫の部屋に向う。
肩を震わせ泣き崩れているしぃちゃんを見つけ、私は抱きしめる。
唇に、紅い血が滲んでる。



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