ずっとずっと 110
「しぃちゃん」
かおるちゃんから声がかかり、後ろを振り向く。
かおるちゃんが、囁く
「ルゥさんが見てる。笑って。」
あたしは、一生懸命に笑う。
ノアとジョアンが、薫に話しかけている。
薫の視線があたしから外れる。
「しぃちゃん、ゴメン~、 何か着替え借りてもいいかな?」
わざと周囲に聞こえるように。かおるちゃんが言う。
かおるちゃんを、自室に案内する。
かおるちゃんが、手早くワンピースに着替えながら‥
「しぃちゃんの気持ちも解るけど、ルゥさんが可哀想だよ‥」
今にも泣きそうな顔をしながら、かおるちゃんが、あたしに言う。
黙り込むあたしを
ふわりっ、かおるちゃんがあたしを抱きしめる。
温かい。かおるちゃんの気持ちが心に沁み入る。
あぁ‥ あの日あの時、あたしが縋れば良かったのは、かおるちゃんだったんだ。
あたしは、薫に縋って、薫に抱かれたんだ。
快楽で苦痛を忘れようとしたんだ。
あたしの身体は、深い快楽を知っている。
司に抱かれ快楽を知った。司を失ったと思った時に、司の香りに抱かれた。
最初は司だと思って、抱かれた。
嘘。これは言い訳だ。だって司の訳が無いじゃない。
その内、薫の与えてくれる快楽をあたしは手放せなくなった。
快楽を感じてる時は、哀しみが遠のくから。
薫は、誰よりもあたしの身体を熟知している。
あたしを焦らし、狂おしい程の快楽を与えてくれる。
あははっ、今だって‥薫を思い出し、あたしの身体は薫を求めている。
なのに‥
なぜあたしの気持ちは、あたしの心は、何度も何度も司に舞戻ってしまうのだろう。
司が好き。司を愛してる。司を欲しい。
自分で自分が嫌になる。有言実行、不言実行 この2つを信条に生きて来た筈だった。
清廉潔白 そう思っても生きて来た。だけど‥いったいいつの話しだろう。
あははっ とんだお笑い種だ。あたしほど、優柔不断でずるい女はいやしない。
気が付けば、嘘くさい笑みを浮かべ‥ 媚をうり、生きている。
「しぃちゃん?」
「っん?」
「強く言い過ぎちゃってゴメンね。でも幸せになろう。ねっ」
「うん。」
かおるちゃんから、あたしはどう見える?
とんでもない女だよね。
かおるちゃんだけじゃない、優紀だって、桜子だって、滋さんだって‥
心と身体は一つだよね?
皆、あたしの事、軽蔑するよね?
‥うぅぅ‥ぐっす‥
「しぃちゃん‥」
あたしは、いつの間にか泣いてた。
「ごめん‥かおるちゃん‥ごめん。」
かおるちゃんが、あたしを抱きしめて
「しぃちゃんが、2人居ればいいのにね」
そんな事を言って、力無く微笑む。
「でも、しぃちゃんは一人だから‥あたしは、しぃちゃんと離れたくないから‥しぃちゃん、ルゥさんと幸せになろう。」
「うん。」
うぅぅ‥涙が流れる。
かおるちゃんが、あたしをもう一度抱きしめてから
「しぃちゃん、凄い顔になってるよ。お化粧直してからお出で」
わざと明るくそう言って、あたしの部屋を出て行く。
あたしは、一人部屋に残される。
鏡を覗く。酷い顔をしたあたしが映る。
美男美女の軍団に囲まれて、こりゃぁあんまりだよね。なんて可笑しくなって笑う。
確か,この引き出しにも、コンパクトがあった筈と思い、引出しを開ける。
思いのほかに力が入って、目一杯開けてしまう。
「あはっ、色女、お金はないけど力はあるよ。ってとこかな?」
クスリッと笑って、全開であけた引出しをしまおうとした瞬間に‥
土星のネックレスが目に入る。
「こんな所に紛れ込んでたんだ‥」
あたしは、クロゼットを開けて、シャツとパンツに着替える。コートを羽織る。身の回りのものを鞄に詰め、部屋を後にする。
珍しく誰もいない。 そのまま エレベーターに進む。
受付を通らなくても済むように、地下車庫直通の階数を押す。
辺りを見回して、駐車場を歩く。
何も考えず、どこに向おうとしていたのだろう?
ただ、いまここにいたくなかった。
あたしがあたしでいる為に。
途中から走っていた。追いつかれないように。
「はぁっ、はぁっ」
タクシーを拾い、京都駅まで行く。
どこに行こう?
少し悩んだあたしは
薫が連れて行ってくれた、天橋立をまた見たいと思った。
天に続く橋を見たいと思った。
特急はしだてに乗り込む。
グゥッ~
こんな時だって言うのに、お腹が空くもんなんだと可笑しくなる。
発車時刻まで、まだ10分ほど時間が、あるのを確認して、パンを買う事にする。
「あっ、スマホ‥」
反対側のホームに止まっている車両に乗り込み、スマホの電源を切り、棚にスマホを置いた。
時計を見る。あと3分。慌てて戻り、はしだて に乗リ込む。
プゥッーー
はしだてが京都駅を出発する。
天橋立に行きたかったわけじゃない。
ただ数日で構わない、あたしは一人になりたかっただけ。
コートを、頭からすっぽりとかぶり、目を瞑る。
眠れる訳などないと思っていたのに、いつの間にか寝ていた‥
大江で目が覚める。時計を見ると1時間半以上ぐっすり寝ていたんだと思い、自分の図太さにつくづく可笑しくなる。
それにしても、このところ眠くてしょうがない。
「ふわぁっ」
まだまだ眠れそうだけど、宮津まであと15分ほどだ。目を覚ますために、お茶を飲む。
車窓を眺める。外は昏い闇で覆われている。ただ半月だけが、昏い空に光っていた。
**
愚かな嫉妬が、原因だった。
僕の元にあると思っていた、つくしの心が、司君と会った瞬間、彼の元に舞戻るのを感じた事に嫉妬したのだ。
その瞬間、皆を僕等の住むペントハウスに呼ぶ事を決めた。
僕は、誇示したかったんだ。彼女が僕のものだと言う事を。
くだらない独占欲。愚かな支配欲。
車の中で、彼女の指を絡めとり、彼女を叱る。きちんと笑ってと。
そんな事をすれば、追いつめるだけだと知っているのに。
彼女は,赤い夕陽を見ていた。血のように真っ赤な夕陽を。
プライベート用の居間に宴の席を設けさせた。
司君に、僕等の暮らしを、見せつけたかったから。
居間に飾られた、ファミリー写真を、つくしと2人の写真を、友人に囲まれてとった写真を‥
もう、君の出る幕は無いんだから、つくしを諦めてと見せつけたかったんだ。
彼女の気持ちが、僕から離れたのを感じたから。
僕は、司君に牽制をかけたんだ。
嫉妬と同時に無性に腹がたった。
ねぇつくし、君にとっての僕って何?
僕の心を、なぜ何度も踏みにじる事が出来るの?僕が君らの間に割り入ったから?
だから、君を少しだけ苦しめたかったのかもしれない。
ふと、視線をつくしに向けると、一人淋し気に、立ちすくんでいるのが見えた。
カオちゃんが、つくしに話しかけている。つくしが笑ってるのを見て安堵する。
着替えがしたいと頼まれた様で、部屋に2人して行くようだ。
**
しぃちゃんと、道明寺司2人の視線が絡み合う。
まるで2人しか、この世界に存在しないかのように、2人の間の時が止まっている。
この2人が醸し出す空気は、儚く美しい。 そう思った。
刹那‥ しぃちゃんが、慌てて目をそらしている。
2人に見惚れていた私も、慌てて現実に戻る。
そんな切な気な表情をしていては、ルゥさんに気が付かれてしまう。
「ルゥさんが見てる。笑って。」
そう声をかける。 無理して笑うしぃちゃんが痛々しくて‥
着替えを貸してと声をかけた。
ワンピースに着替えながら、しぃちゃんに
「しぃちゃんの気持ちも解るけど、ルゥさんが可哀想だよ‥」
そう忠告してしまった。
追いつめる気持ちなど、ちっともなかったのに。
だって私は、宝珠が、筒井が、しぃちゃんを手放すワケがないと知っているから。
いいや、違う‥ 私も、しぃちゃんを手放せないから。
それならば、道明寺司に対する思いは心の中に沈めて、ルゥさんと幸せになって欲しい。そう思った。
しぃちゃんが2人居たらいいのに。そうしたら背中を押してあげられるのに‥
だけど、しぃちゃんは1人だから‥
だからお願い。ルゥさんと幸せになって私達の元から、私の元から、消えないで。ずっとずっと側にいて。
ゴメンね。しぃちゃん。
細い肩をもう一度抱きしめて、部屋を出る。
ペントハウスの庭に立つ、しぃちゃんがゆっくり一人になれるように。
誰かが捜しに来ないように。庭で時間をつぶす。
真っ暗な空に、半月が出ていた。
昏い昏い海に、漂う小舟のように半月が出ていた。
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