その距離50センチ 16 あきつく

希美社長は、仕事の鬼だった。

一度目の失敗には、優しい。
だが２度同じ失敗をしたら鉄拳が飛んで来る。
って、本当に鉄拳は飛んで来たことはないけれど‥

というよりも、失敗をした事に関しては、何故失敗したかを考察し、
どうしたら良かったかを、考えさせられるので、
同様な件にぶつかった時に、同じ失敗をする事はないのだ。

仕事の鬼は、驚く程に親切な鬼なのだ。先輩や同僚も同様だ。
意地悪をする暇があるならば、他人の足を引っ張る暇があるならば、
目の前の与えられた仕事を片付けて、自由なフリーな時間を作ろうが、合い言葉だ。

就業中に、フリーな時間が出来れば、思い描く企画を立てる。
時間が空いた人間同士で、ディスカッションする。
自由な発想は、自由な未来を生んでいく。
ワクワクする仕事は、ワクワクする人間関係を作っていく。

他人の足を引っ張るよりは、踏み台になってやるから
ワクワクする企画を立ち上げろと発破をかけられる。

フォレストの社員が皆、１０年前後で、MIMASAKAの各社の頭脳として散らばっていく事も、関係しているのだろうけれど、本当に良い会社だと思う。

ファレスとの新人歓迎会の時‥酔っぱらった希美社長に
「つくしちゃんは、好きな男のためにフォレストに入ったのよー」盛大にバラされた。
皆、大笑いしながら
「色ボケ入社なのに、トップ入社とかありえへん」
やら
「ひゃぁー何の純愛」
やら
「いつの時代のお話よ？」
色々と野次が飛ぶ。

穴があったら入りたい‥‥シュンとなりかけた
「だけど、いいよね‥そういうの」
阿部さんがそう言った瞬間、全員がそう全員が‥

「うん。そんな恋愛がしてみたい」
そう言ってくれたんだっけ。

美作さんと、会える日は‥どんなに忙しくても‥
定時に上がれ上がれと五月蝿い。

デート内容は、ランチタイムの格好の餌食にされる。
で、最後に必ず‥‥
「つくし、押し倒せ」
「牧野、肉食になれ」
そんなセリフで締め括られる。

あたしの好きな人‥社内ではブルーローズと呼ばれている。
ちょっとばかり有名人だ。

フォレストからMIMASAKAへ移動になった諸先輩方にも、
ブルーローズは、有名人だ。
４年も手を出さない、奇跡の人らしい‥トホホっ
「つくしちゃん、ちょっぴり色気だしてみな」
なんて言って、色々伝授してくれたのだけど‥
あたしの好きな男には、てんできかなかった。

わざと、いつもよりボタンを一つ多めに開けて、鎖骨を見せたのに‥‥
風邪引くよと、マフラー渡された事もある‥アハハッ

わざと酔ったふりして、しなだれかかっても‥指一本触れられない。
はぁっーー　何度溜め息を吐いただろう。
何度も思った。もう諦めちゃおうって。
だけど出来なかった‥穏やかに緩やかに、あたしの元にやってきた愛は、あたしの中に居座り続けた。

辛くて、仕事が忙しいふりしてわざと避けた事もある。そんな日は大後悔で、大失敗の連続で
希美社長に、反省するよりブルーローズに電話。とせっつかれた。

あたしに凭れ掛かる美作さんに
「ブルーローズって、美作さんの事だよ」
そう小さな声で呟く。


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