被虐の花 18 あきつく
ペットボトルの水を飲み、シャワーを浴びて身支度をする。
身支度を終える頃、
施錠が解かれ‥SPの塚本さんが朝食をもって来る。
「つくし様 おはようございます」
「塚本さん、おはよごうございます」
美作の所有するマンションのペントハウスがあたしの住む部屋だ。
身分不相応だと断っても、これも契約の内だと‥‥
掃除も洗濯も、料理さえも他の人にお任せしている状態だ。
塚本さんと、他愛もない会話を交わしながら、朝食を2人で頂く。
「もう、桃の季節なのね。一年って早いわね」
「そうでございますね」
根菜のスープに、胡桃パン、サラダと桃のコンポートが今朝のメニューだ。
時折、無性に何かが、作りたくなるけれど‥
この部屋には何もない。
歯磨きをして、紅を塗る。鏡に映ったあたしの顔は、美作の秘書の顔になっていく。
彼の仕事を手伝うようになったのは、傷の痛みが無くなっていった頃からだ。
決まった時刻に帰る為に、仕事を病室に持ち帰るようになったあきらさん。
最初は、ぼんやりと見ているだけだった。
清書を頼まれ、統計表作りを頼まれ‥その内、書類作りはあたしの仕事になった。
手持ち無沙汰のあたしの日常は、仕事を与えられる事で潤いを帯びた。
リハビリが始まる頃‥
美作の大老がお見舞いに訪れて下さった。
あきらさんが年を重ねたらこんな物腰になるのだろうと、彷彿させる大老を、あたしは一目で好きになった。
「つくしちゃん、また寄らせてもらったよ」
そう言いながら、週に2度、3度と病室を訪れて下さる。
喋れぬあたしに気を使って、相槌だけで済むように、いつも面白可笑しく色々な事を話して下さる。
「つくしちゃんと居ると、ついつい余計な事まで話しちゃうね」
そうおしゃって、大奥様との馴れ初めを話して下さる。
その内、連れ立って病室に来て下さるようになって、
いつの間にか退院後には、お2人の住む屋敷に同居する事が決まっていた。
日々の生活の中に、時折ぽっかりと穴が開く。
いくら思い出そうと思っても、紗がかかって朧げにしか思い出せない。
あきらさんが、心配げにあたしの顔を覗く所から、あたしの記憶は繋がって行く。
幸せを感じる次の瞬間に、あたしの日常にぽっかりと穴が開く。
「幸せを恐れなくてもいいんですよ」
カウンセリングの先生に、何度も言われた言葉だ。
幸せを恐れなくてもいい?
ううん‥あたしは幸せを恐れてなどいない。
だって‥あきらさんが居てくれる。それだけであたしは幸せだ。
恐れるのは、彼の傍に居れなくなる事だけ。
ズキンッ 頭が痛くなる。
刹那‥声がかかり、意識は今に戻される。
「つくし様、そろそろ」
「あっ、はい」
いつもと同じように、いつもと変わらぬ朝が始まる。
↓ランキングのご協力よろしくお願い致します♥


♥ありがとうございます。とっても嬉しいです♥
- 関連記事