紅蓮 25 つかつく
動かなければ‥そう思うのに、足が竦んで動けない。
呼吸が苦しくなり、色彩が消えて、目の前が暗くなる。
意識の遠いところで、宗谷のあたしを呼ぶ声を聞いた。
目覚めたら、いつの間にか屋敷の布団の上に寝かせられていた。
花の薫りが辺りに漂う。
「つくし様、お身体大丈夫でいらっしゃいますか?」
山下が心配そうに声をかけてくる。
宗谷がほどなくしてやって来る‥
怖い‥‥逃げ出したい。
「つくし」
宗谷の手が、あたしの髪に触れる‥
気持ち悪い‥今にも吐きそうで
あたしは木偶になる。心を全て押し込めて、木偶になる。
「大丈夫か?気分はどうだい?」
心配そうにあたしに問いかけてくる。
この顔が嫌いだ‥あたしを大事そうに見るこの顔が‥
「うぅっ」
吐き気を感じて、声が出る。宗谷が近寄り、背を撫でる。
触れないで欲しいと思うのに。
おさじが呼ばれ、診察が始まる。あたしの担当は、凪子先生。
あたしの周りに男性を置くのを嫌がる宗谷は、宗谷家のおさじとしては異例中の異例で、女性医師を付けたのだ。
凪子先生とは、西門にいる時からのお付き合いだ。リングは宗谷と抱かれるようになった時に、先生に入れて頂いた。
出産経験者でないと中々入れてもらえない、避妊リング‥
無理言ってお願いした。
凪子先生は手を拭きながら、
「いつもの発作ですので‥あまりご心配されなくとも大丈夫かと思います」
宗谷は、頷き‥凪子先生と二言、三言言葉を交わし、部屋を出て行った。
「つくしちゃん、何が原因かわかる?」
はい。そう返事をすると、「なら結構」そう言いながら、豪快に笑って下さる。
「凪子先生が主治医で良かった‥」
本音と共に、涙が零れる。
かさっ、少し開けた窓から風が吹き、開いていた草紙が揺れる。あたしの頬に風が吹き抜けていく‥
「気晴らしに、通院してみる?」
「‥でも‥宗谷が許すかどうか‥」
「私から話して見るから‥もう起きていても大丈夫だからね」
そう言って、他愛も無い話しをして帰って行く。
凪子先生の病院に通えたら嬉しいな。と夢を見る。
同時に、司の薫りを思い出す。後ろ姿を思い出す。
心が叫ぶ‥司が好きだと‥
慌てて蓋をする。司を好きでも、どうにもならないのだから
これ以上、心が壊れないように‥蓋をする。
窓辺の文机に置かれた草紙が、風に吹かれ、大叫喚地獄絵図で止まる。
邪淫と妄語(うそ)の2つの罪で、あたしは堕ちるのだろう。
どうせ堕ちるのなら、あたしは妄語を吐こう。
宗谷の子など孕まなくてすむように。そう心に誓う。
ごりょん様がお見えになられました。山下に声をかけられて我にかえる。
居間に急ぐ。
ごりょんさんは好き。
いつも優しく「つくし」とお呼びになって、あたしの髪の毛を、撫でて下さる。
歩くあたしに、
「凪子先生が、ご主人様に気分転換をお勧めして下さった様ですよ」
山下が微笑みながら教えてくれる。
「つくし様、よぉございましたね」
嬉しくて外を見る、色とりどりの花々が美しく咲き乱れ、蝶が舞っている。
あたしは、吐き出し窓を開け、外に出る‥
蝶々に手を伸ばした瞬間、宗谷の声がする。
「つくしっ」
宗谷が下駄を履き、庭に出てくる。
あたしの手を掴み、叱咤する
「お婆様がお見えだ。早くしなさい」
あたしは、宗谷の耳許で囁く
「つくしは、どこにも行きませぬ‥ご安心下さい」
虚をつかれた宗谷は、あたしの手を離す。
あたしは、宗谷の手を取り
「凌さん、手を離しては嫌です。ご一緒に参りましょ」
妄語を吐いて、生きていこう。
*妄語=うそ
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