紅蓮 35 つかつく
「‥そう」
うふっ、嬉しい。心の中に少しだけ嬉しい風が吹く。
ほんわりと温かい嬉しい風。
宗谷が居ない事に安堵して、気持ちが嬉しくなるなんて、大概あたしもイカレている。
お膳を頂きながら、今日の食事は、殊の外美味しいと舌鼓を打つ。
お膳の上に、千代紙で作られた蝶々が添えられいる。
あたしは、永瀬に聞く
「この蝶々は、頂いてもよろしいかしら?」
チラッとこちらを見てから、蝶々を手に取り、無言であたしに渡して来る。
主に似て、失礼な犬だと思う。だけどあたしは黙って受け取った。
どうせなら、もっと嫌ってほしいと願いながら。
嫌われて、あたしの顔など見たくないと宗谷に言ってくれないかしら?
そんな事、宗谷に伝えたら真っ先に首ね。ふふっ
頭の中で色々な想像をして楽しむ。あたしの娯楽。
今日は、宗谷が居なくて、気分もいいからそんなことが、余計に楽しい。
「永瀬、凌さんはいつお帰り?」
「11時過ぎになられるとのことです」
時計を見る。あと3時間半は帰って来ない事が嬉しくてたまらない。
「湯浴みが終わったら、温室に行っても、宜しいかしら?」
「またでございますか?」
またで何が悪いとも言えずに、押し黙る。
悔しくて、言葉を放つ。
「凌さんは、温室がお好きよ。あちらでお待ちしていると言ったらお喜びになるわ」
「‥‥畏まりました」
宗谷が喜ぶと聞けば、犬には融通が利くのだ。
自室に戻り、折り紙の蝶々を文机に置く。
誰も部屋にいないのを確かめてから、蝶々を開く。
中には、山下からの文が書かれていた。
この屋敷の中で、唯一心を許せるようになった山下。
山下と共になら、ちょっとしたお買い物も出来たし、
湯浴みも一人で出来たのに‥そんなことを思いながら文を読む。
丁寧な文字で綴られた、山下の文を読み、「ありがとう」と呟いていた。
侍女達の手によって湯浴みを終え、寝間の支度が整えられる。
髪が整えられ、薄らと紅が引かれていく。
鏡の中のあたしは、美しく磨かれた肌をしている。
美しく着飾らされて、宗谷好みの木偶が出来上がる。
永瀬がやってきて、満足げに微笑んで
「つくし様、大変美しゅうございます」
毎夜変わらぬ言葉を投げつけてくる。
「凌さんは、喜んで下さるかしら」
あたしは、薄く笑いを返す。
初夏の夜風は未だ冷たい。
温室に入ると、ムワッとした空気が流れ出る。
銘仙を脱いで、真っ青な襦袢一枚の姿になる。
ガラス張りの温室には、月が光っている。
一人になって、司を思う。
愛する男を‥思う。
刹那‥
生きているのだと、感じる。
青いべべ着た木偶人形‥
追いつめられれば 追いつめられる程に
司への愛がましていく。
↓ランキングのご協力よろしくお願い致します♥


♥ありがとうございます。とっても嬉しいです♥
- 関連記事
-
- 紅蓮 38 つかつく
- 紅蓮 37R つかつく
- 紅蓮 36 つかつく
- 紅蓮 35 つかつく
- 紅蓮 34 つかつく
- 紅蓮 33R つかつく
- 紅蓮 32 つかつく