紅蓮 52 つかつく
当たり前なのに、当たり前に出来ない日常。
バスルームの姿見に、裸身のあたしが映っている。
お金に糸目をつけずに磨かれたあたしの身体は、他人が言うように、確かに美しくはなったのだろう。
桜子でさえ褒めてくれるのだから‥間違いではないだろう。
だけど‥鏡に映るのは
思わず顔を背けたくなる程、醜く淫らな身体だ。
気がつけば、お湯にうたれて、鏡を何度も何度も叩いていた。
鏡はびくともしないのに、拳が赤く染まっていた。
その様が、なんとなく滑稽に感じて、鏡の中のあたしに微笑んだ。
花が咲くように、微笑んだ
浴室の外で大きな声がして、ドアが蹴破られた。
青ざめた顔をした、二階堂が立ちすくんでいた。
シャラーン シャラーン 鈴の音が聞こえる。
宗谷の帰りを告げる鈴の音が。
「大変失礼致しました‥‥凌様がお帰りでございます。少しお時間をつくりますので、つくし様、早くお召し物を‥」
二階堂が、襦袢をあたしに渡してくる。
慌てて、あたしは襦袢を羽織る。
濡れた髪はどうしよう? 二階堂を見ると
既に侍女の杉下が呼ばれ、隣室に待機していた。
「お着替えを、なさって下さいませ‥‥」
そう言い残し足早に、二階堂が部屋を出て行った。
杉下に、ヘアーメイクを施して貰う。
「奥様の御髪も、お肌も、本当にお綺麗でございます」
そんな言葉を耳にしながら、二階堂の青ざめた顔を思い出していた。
何かある‥ シャワーさえ一人で浴びれない理由が。
杉下の手が止まり
「お帰りなさいませ。ご主人様」
慌てた様子で、挨拶をしている。
宗谷は、なにも言わず、絽の襦袢姿でヘアーメイクを施されているあたしを、見つめている。
「お帰りなさいませ。凌様」
声をかけると、驚いた顔をして
「あぁ‥」
一拍置いた後に、返事をして部屋を出て行った。
二階堂が用意したのは、紗合わせだった。
どこまでも深い勝色の中を、燕が飛んでいる。
「勝色が、奥様によくお似合いでござます」
杉下が、紫陽花の描かれた紗袋帯を締めながら、盛んに言う様が可笑しくて、くすりっと微笑むと
「奥様の笑顔は、本当に美しゅうございます」
「美しい?私がですか?」
「然様でございます」
「そう‥‥」
「ご主人様が、奥様に首っ丈なのも頷けます」
皮肉な事に、この身が醜くなればなるほどに、人に美しいと言われれる。
襖の外から、永瀬の声がして、杉下と入れ違いに永瀬が部屋に入ってくる。
「つくし奥様‥二階堂よりお聞き致しました」
「そう‥凌さんには?」
「申しておりません」
心無しか、永瀬の顔が青ざめている。
「ねぇ、何故、湯浴みを一人でしてはいけないのかしら?」
あたしは、永瀬に問うた。
永瀬は何も答えない‥‥
静寂の中、雨の音だけが聞こえる。
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