紅蓮 53 つかつく
愛しいものの名を口にする。
彼女の全てを愛していた。
いいや、いまでも愛している。
彼の中の思いは、そこより先には進めない。
アイシテル モウイチド アイタイ
美繭を追いかけて、死ぬことも出来ずに生きている。
生きる理由など、この世に存在しないのに。
彼女が、この世を去った時‥彼の中の光が消えた。
あの日から、真っ暗闇の中をただただ歩き続けている。
彼女が笑えば、全てが輝いた。
全てを賭してでも、美繭を手に入れるつもりでいたのに‥‥
昏い闇が、瞳に光る。
いいや、昏い闇しか、瞳には映らない。
**
静寂を破り、永瀬が言葉を発する。
「つくし奥様‥その手は如何なさいましたか」
包帯を巻かれた手‥
「血も止まってるし、大したことは無いわ‥包帯取った方がいいかしら?」
ニッコリ笑ってそう問うた。
永瀬が、包帯を紐解き傷口を確認し、安堵した表情を浮かべる。
まるで大事なものを慈しむように、新しく用意した包帯を巻いて行く。
宗谷の目から、怪我を隠したいわけでは無かったのだと不思議な気持ちになりながら、ぼんやりと永瀬を見ていた。
「つくし奥様‥もう二度と、このようにご自分の身体を傷つけないで下さいまし」
「凌さんに、傷つけられるのはいいの?」
あたしは、意地の悪い質問を永瀬に返す。
今にも泣きそうな表情で、懇願される
「お願いでございます。ご主人様にはどうぞ、お逆らいにならないで下さいませ」
初めてみる人間らしい永瀬の表情に驚き、コクンと頷いていた。
「そのお着物は、どなたがご用意を?」
「二階堂が用意していたわ‥」
「左様でございますか」
勝色の中、燕が飛んでいる。
ヒュルリ ヒュルリ と飛んでいる。
「ご主人様が、お待ちかねでございますので‥」
「えぇ」
永瀬と侍女にかしずかれ、部屋を出る。
雨が降っている。
シトシトと降っている。
宗谷に侍りながら、食事を頂く。
「つくし」
「はい。なんでございましょう」
宗谷が、あたしを抱きしめる。
「お願いだ。俺を置いてどこにもいかないでくれ‥‥」
宗谷の瞳が、迷い子のようにあたしを見つめ、懇願する。
この男は可笑しな事を言う。
監視だらけの中、どこに行くと言うのだろう?
だけど、あたしは賭けに出た。一か八かの賭けに出た。
「でしたら、自由を下さい」
「自由‥?」
「えぇ、自由を下さい」
この言葉に、宗谷が怒りあたしの身体を再び傷つけるかもしれない。
否、もっと雁字搦めに縛り付けられるかもしれない。
だけど‥口から出た言の葉は止まらない。
「ほんの少しで構いません‥自由を下さい」
「自由を与えたら、つくしは俺を愛するのか?」
宗谷の口から、思いがけない言葉を聞いた‥
外には、雨が降っている
**
「美繭は、何が欲しい?」
「‥自由が欲しい‥」
「美繭は、自由だろ?」
愛おしい女は、風のように微笑みながら‥
もう一度、同じ言葉を繰り返した。
「‥欲しいものは、一つだけよ‥私は、自由が欲しいの」
あの日、燕が空を飛んでいた。
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