はじめてみよう 2 類つく
「あらっ、そうだったんですね〜 牧野が、まぁ、そうでしたかぁー」
なんだか、嬉し気に言葉を返す茜代表。
「あらあら」
なんて言いながら、鼻歌を唄いそうな雰囲気だ。
あははっ、これで本契約一本取れたとか、思ってんだろうなぁー
茜代表抜かり無いもんね‥ トホホ
「えぇ、とても勇敢な女性で、英徳のジャンヌダルクなんて呼ばれてたんですよ」
「あらぁ、まぁ、アローンでも牧野は優秀なんですよ。オホホ」
茜代表‥ 色男に、大口契約‥そりゃぁご機嫌になるよね。
うん。そりゃ〜なる。 あたしだって茜代表の立場なら、絶対になる。って言い切れるもん。
だけど、だけど‥ 類がHANAの代表なんて思いもしなかった。
茜代表が話しを切り出す前に
「牧野さんが、担当についてくれるなら本契約させて頂こうかな〜 氏原、さっき詰めた条件お出しして」
ニコリと美しく微笑む。
では、と言いながら氏原さんが出した条件は‥
出向という形で、あたしがHANAに出向く。半年は毎日。落ち着いたら週に2回。これが条件だと言う。
チラッと見えた、その他の契約条件‥ 全ての財務管理並びにコンサルティングをアローンに任せると、明記されている。
ハイ。あたし‥人身御供決定だ。 ここで断ったら、完璧にあたしは職を無くすだろう。はぁっ〜
茜代表が、満足げな表情であたしを見る。勿論OKだろなんて言うように。
3人の視線があたしの逃げ場を無くす。
「宜しくお願い致します。」
そう言うしかないじゃん。
至極、満足げに微笑みながら
「宜しくね。牧野さん。」そう言って、類が右手を出してくる。
一瞬 ?マークで頭がいっぱいになったけど‥
あぁ握手ですね。と理解して 右手を差し出して握手を交わす。
類の右手に力がこもる。
雪の美味しい食事も喉を通らず‥
いえいえ、食事は別です。食事は‥ しっかり頂きましたとも。
だってねぇ、雪 で食事するなんて、一介の社員には高嶺の花ですからねぇー
デザートに出た 苺のエスプーマの美味しいのなんのって‥
しっかり堪能までしてしまった。
茜代表が席を立ったさいに、佐伯さんがこっそり
「相変わらず美味しそうに食べられますね。」そう言って微笑んだ。
あははっ 苦笑するしかありません。はい。
ちょっと身構えていたあたしは、普通に、類のお見送りを茜代表と共にした。
一瞬でも、もしかしたら類はあたしにまだ気があるなんて思ったのを恥じた。
アローンに仕事が回ってきたのも、偶然だったんだ。
もしかして、類の策略なんて思ったのは、あたしの勘違いだったんだ。
昔なじみだから、担当に。ってだけだ。
そっか、そうだよね。類ほどの人が未だにあたしを思ってるなんて‥思い上がりもいい所だよね。
うん。そうだよね。
「牧野、ありがとうね〜 牧野のお陰よ、牧野の。出向代は弾むからね♪」
茜代表が鼻歌唄いながら、カクテルバーに連れて行ってくれた。
夜景を眺めながら、小ちゃく小ちゃく溜め息を吐いていた。
この溜め息は、何の溜め息だったんだろう? あたしにもよく解んなかった。
まるで、退職するように‥
アローンでの仕事の引き継ぎを慌ただしく終わらせ、あの再会の日から1週間後の今日、あたしは、HANAの受付の前に、立っている。
名前を名乗ると、類と一緒にいた秘書の氏原さんが迎えに来てくれた。
「本日より、宜しくお願い致します。」
あたしが挨拶をすると
「首を長くして、お待ち申し上げておりました。」
そう言いながら、連れて行かれたのは‥
社長室‥ そう、類の居る部屋だった。
「では、恐れ入りますが、当面は花沢社長の側でHANAの事を学んで頂くという形で‥」
出向社員のあたしが断れる訳もなく‥
「あっ、はい。」
HANAの社員証を受け取り、類に小判鮫よろしく近侍する事になった。
なんとなく、なんとなく‥ 秘書課の子達の視線が痛い。
いやいや、なんとなくじゃないな。
はぁっー F4と関わると碌な事ないんだよね。
だから、身を引いたつもりだったのになぁ‥
堅実に生きる為に、選んだ会社だったのになぁ‥ はぁっーー
大きく溜め息吐いて、首を一振りしてから、仕事に没頭する事にした。
現状のHANAの問題点、改善提案を纏め、それと共に、会計や税務の方の確認も行って行く。
いつの間にか、類が戻ってきていて、あたしにお茶を出すように言って来る。
うん? お茶? あたしが? いやいや‥ あたし秘書じゃないし。
「申し訳ございませんが、秘書の方にお願いして頂けませんでしょうか?」
丁重に、だけどきちんと断る意向を見せてと。
「うん。だからお願いしてるんだけど。」
「はっ?」
「あれぇ〜 耳遠いのかな? だから社長秘書にお願いしてるんだけど。」
誰が社長秘書よ。あんたの秘書はそこにいる氏原さんと、秘書室に待機してる子達でしょうが‥
あたしは、失礼を承知で、わざと 分りかねる を使う事にした。
「大変申し訳ございませんが、花沢社長のおっしゃる意味が分りかねるのですが?」
思いが伝わったのか
「分らなくてもいいから、淹れてきて。」
ピシャリと言い放った。
って、類ってこんな意地悪だったけ?
ビー玉色の瞳が、光を受けて妖しく輝く。
「そうそう、アローンからの出向でも、牧野あんた、今はHANAの社員で俺の秘書だから。」
追い打ちをかけるように‥類が耳許で囁いた。
氏原さんが申し訳なさそうに、頷いていた。
って? なんで?

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