白線 42
年の離れた兄が、白砂川の中枢に入り、2つ上の姉の縁談も決まった時、
とうとう私のもとにも本格的に縁談が来るようになった。
逃げたかった、でも‥白砂川の娘として、逃げれなかった‥。
何かを思い出すかの様に、yasuが目を閉じる。
お見合い相手だった彼を、一目見て好きになってしまったのもあるのだけど‥
クスリと笑ってyasuが言う。
幸せな時を思い出すかのように。
「百合さんの奏でるピアノの音が好きだ、私の側で一生奏でて欲しい」
そう言われ、求婚された時は、天にも昇る気持ちだった。
目の前の愛する男は、ピアニストとしての私も認めてくれている。そう思った。
彼の求婚を受け入れて、結婚したの‥幸せだった。
彼も、私を愛し、認めてくれている。そう思った。
だけど‥彼が愛したのは、私の持つスティタス。
家柄と容姿と経歴だった。
彼が欲しかったのは、美しく従順なエヴェ。
それに気が付くまで、幸せだった。
世界一の幸せものだと思っていた。
ピアニストとしても、妻としても充実してた。
結婚して2年目の夏、お腹に子供が宿った。
幸せの絶頂って言うのは、あんな日々。
夫は勿論の事、両方の両親が喜んでくれた。
私は、お腹の中の子に、毎日愛してると伝えた、
この世に出て来たら‥‥世界で一番愛すると誓った。
目一杯愛して綺麗なものをきれいな音を与えてあげると約束した。
庭の桜が、例年よりも早く満開になった頃、私は男の子を産んだのよ。
しばらくの沈黙の後‥
yasuの目から、涙が一粒キラリと零れた。
生まれた時ね、天使が舞い降りたのかと思った。
類い稀なほどに美しい子だった。
光を纏って生まれてきたのかと思った。
この子に、幸せが降り注ぎますように、そう願った。
生まれた年のワインを111本作ったの。
ラベルの名前は、私が名付けて、彼が絵を書いた。
ワインが出来上がるまで、3年半の月日がかかった。
出来上がったばかりのワインはまだ若かった。
お祝いしながら、未来の息子を語らないながら、
「まだ若いけど、良い青年になる頃には良いワインになってるね」
そう言って、飲む筈だったワインを、私は一人で空けた。
Bonheur の文字が虚しかった。
幸せだと思っていた自分がみじめだった。
深紅のワインが、哀しく揺れた。
↓ランキングのご協力よろしくお願い致します♥

♥ありがとうございます。とっても嬉しいです♥