明日咲く花

花より男子の2次小説になります。

アゲハ蝶 つくしver  by 星香さま

隣に眠る顔を見つめる。
何時も他人に見せる、不機嫌そうな顔ではなく、
無防備な、少年のような柔らかい寝顔。
つくしだけが知る、類の顔。

その頬に触れたくて手を伸ばし、それを止める。
思い切るようにそっと起き出し、足音を立てないようバスルームへ向かう。
シャワーを浴びる。
温かいシャワーを浴びているというのに、心は冷えていくのが判る。

バスルームから出て、鏡に映る自分の姿を見る。
首筋、手足、胸元。
類が触れていない処など無いと言うのに、その形跡は何処にも無い。
つくしを思っての類の行動。
それが、たまらなく淋しい。
そう思った刹那、自嘲気味に笑う。

-類の優しさにつけ込んでいる自分が何を…。
勘違いしてはいけない。

かつては絶対持つことのなかった、有名ブランドの特注品クラッチバック。
その中から化粧道具を取り出し、慣れた手つきで仮面を施す。
作った笑いと共に。

ドアを開け出て来たつくしは、来た時と同じ姿をしていた。
服は勿論、ストッキング、髪型、すべて同じ。
何事も無かったかのように、情事の跡を消す。


「…じゃあ…行くね」
「……ん……」

短い会話。閉まるドアの音。
美しい揚羽蝶を残して去る瞬間。



こうなったのは何時からなのだろう。
もう、はっきりとは覚えていない。




『結婚して欲しい』という、人並みのプロポーズを受けたのは、
大学を卒業して数年後。
相手の顔の中に、ビー玉の瞳を重ねたのは一瞬だけ。
直ぐにそれを頭の中から消し去った。
花沢家にも招待状を出すという言葉に、
会社宛の方が良いのでは? と進言したのはつくしだ。

-花沢類には、隣に立つのに相応しい人が居る。
僅かに浮かんだ胸の痛みは、奥底に追いやった。



それから1年後。
何時になっても慣れないパーティ会場。
会話の裏に潜む棘を作り物の笑顔でかわしていた時、
会場内に舞い込んだ蝶を見付けた。
闇を舞う月光蝶。この世のすべてを魅了するかのようなその姿。
つくしの眼が釘付けになる。

華やかなパーティの場だというのに、
愛想笑いのひとつもせず辟易した表情を見せる。
その変わらない姿勢に、懐かしさと共に別の感情がこみ上げてくる。

眼が、合う。

類は足早に近付いて来たと思った途端、優雅な仕草でテラスへ誘う。
そこで手渡されたのは、つくし好みのノンアルコールカクテル。
装う必要のない安堵感に思わず
「花沢類。久しぶり…」と、昔のような言葉が出た。

話したのは、一言、二言、他愛の無い話を少しだけ。
後は並んで、夜風に身を任せる。
非常階段に居る時のように。
つくしの笑顔が昔のそれに戻る。
類も穏やかに笑う。
静かな時間。
それが、中からつくしを呼ぶ声に破られる。

「…行かなきゃ…。じゃあ…」
つくしの表情が作られたものに戻る。

「…牧野…」

光の中の、魑魅魍魎の巣窟へ足を向けるつくしに声を掛ける。
今となっては、正しいとは言えない名で。

「寄っかかっていいよ」
「…え…?」
「前にも言ったろ…?」
「…そうね…」

少し、ほんの少しだけ、取り繕った笑顔という仮面が崩れる。
が、それも一瞬。
次の瞬間には偽りの作られた笑顔を貼り付ける。
類に、その顔を見せるのは、何故か苦痛でしかなかった。




夫婦仲は決して悪いものでは無く、夫を嫌いな訳では無い。
が、今のつくしが身を置く世界の人物は、
信じられないほどの選民意識に浸っていた。
頭では判っていた。それを承知で結婚したのだから。
だが、いざとなってみれば、その覚悟が如何に甘かったかを思い知らされる。
狡猾な『上流階級』の方々は、決して夫の前では牙を見せず
だが、つくしの顔を覆う扇の先に、カンタレラの毒を仕込む。



最初は只、一緒に居て欲しいと頼んだ。
人目を気にしなくていいよう、類が部屋を用意してくれる。
2人並んで座り、何をするでもない時を過ごす。
時間が来れば、お互い在るべき場所へと戻るだけ。

眠れない。
そう告げれば、類は手を握り眠らせてくれる。
昔、大河原の別荘での夜のように。
ほんの一時、類が手を取るそのときだけ、安心して眠ることが出来た。

- 一線を越えたのは何時からだろう?

つくしはぼんやり考えるが、やはり思い出せない。
それ程、類との逢瀬を重ねた。

つくしは疲れると、類の元へ急ぐ。
類が大きな羽を広げ、つくしを覆うように抱きしめてくれる。
沢山の接吻をくれる。愛していると囁いてくれる。
でもつくしは、同じ言葉を類に言う事はできない。決して。

-だって類は、私を哀れんでいるだけだから。
類が羽を休める、薔薇の花にはなれない。
只、類が望むなら…と、身体を差し出すだけ。


狂おしい程の情事の後、何事も無かったかのようにつくしは部屋を出て行く。
「じゃあ、行くね」と告げて。


類一人を残す切なさ、それでもつくしはこの逢瀬を止めることが出来ない。









今夜も退屈なパーティがある。

夫の横で作り笑いの仮面を付ける。
忙しなく動いていると、何やら空気が動く気配。

入り口現れたのは、一際大きな羽を持つ揚羽蝶。
蝶の隣には、大輪の薔薇。
誰からとも無く「お似合いね」「遂にご婚約なさったそうよ」
というさざめきが広がる。


類がこちらに近付いて来る。大輪の薔薇と共に。
一瞬、繕った仮面が崩そうになる。
類の隣に、いつもは居ない薔薇が居ることが、こんなにも苦しい。

それでも、近付いて来た類に笑顔を見せる。
作り物の笑顔。

2日前に会った類に「お久しぶりです」と告げ、
類の隣で芳香漂わせる薔薇に「おめでとうございます」と声を掛ける。




いっその事、類という揚羽蝶の羽を掴んでしまえばいいのだろうか?
そうすれば、類を共に居られるのだろうか?

幾度となくつくしを襲った考え。

それは違う。
即座に否定する。

羽を掴まれた蝶は、飛び立つことが出来ず死んでしまう。
骸を側に置きたい訳では無い。


蝶は生きるために、自ら羽を休める場所を探さないといけないのだから。
そのために必要なのが、大輪の薔薇。今、類の隣にあるような…




きりりと痛む胸を隠そうとするつくしに、類が手を差し出す。
薔薇の棘をなぎ払い、漆黒の羽を広げ、つくしの言葉を待つ。


只、一言でいい。
自分のその一言で、取り巻く世界がすべて変わる。
それを得るためにならば、何を失っても構わない。




そして蝶は、羽を休める場所を得る。
荒野の中、只一つのオアシスを。


fin


もうめっちゃ素敵過ぎます。
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2 Comments

asuhan  

yukikoさま

コメント、星香様には、責任をもってお渡ししますね~

2016/06/15 (Wed) 13:36 | EDIT | REPLY |   

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2016/06/15 (Wed) 09:04 | EDIT | REPLY |   

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