月夜の人魚姫 06 総つく
牧野つくしは、ここに居るワケのない人間なのだから。
一瞬、そう一瞬‥家元夫人と側近の境さんが怪訝な顔をした。
あたしは、小首を傾げながら、遊の顔を見る。
阿吽の呼吸で
「本日はお招き頂き大変有り難うございます。シレーヌの一ノ瀬遊と申します」
あたしに向かって
「倉科君、ご挨拶して」
「一ノ瀬の秘書をしております倉科未悠と申します。金沢では、母共々西門流で大変お世話になっております」
「倉‥科さ‥ま?‥洋画家の倉科豪先生のお嬢様で?」
「はい」
真っ直ぐに二人を見て微笑んでから、社交辞令を交わしてその場を離れた。
廊下の角を曲がった所で遊が、あたしの耳許に囁く
「ミュウ、上出来、上出来」
あたしは、遊の唇に人差し指で触れ.
「遊、からかわないでね」
そう釘をさす。
遊が楽し気に笑っている
凛とした空気の中、西門さんがお茶を点てている。
彼の齎すこの空気感が好きだった。
小さく笑いが漏れる。
平成のドンファン驚く程にいい加減な男‥
なのに、驚く程に凛とした空気を醸し出す。
久しぶりに頂く西門さんのお茶は、あたしの心を掻き乱している。
落ち着けミュウ‥あたしはあたしに言い聞かせてお茶を頂く。
〜〜〜〜〜
「もう、また?ホント、いい加減にしてよね」
「はーい」
「はいは、伸ばさない」
「はいはい。」
「はいは、一回!」
「怖っ」
「ったく、次は引き受けないからねー」
もう、面倒なことばっかり押し付けるんだから。
「いまお前、すげぇ面倒とか思っただろう?」
「そりゃ思うでしょうが!一体何回目よ」
「ワリィなっ」
「悪いなんて思ってないでしょうが」
片頬を上げてニヤリと笑う。
あたしは、この顔に弱い。
違うか‥このニヤケタ顔が茶人になる瞬間に弱いんだ。
そんな気持ちは、心にしまって
「もうこれで最後にしてよ!」
そんな憎まれ口を叩く。
〜〜〜〜
ははっ‥変な事思い出しちゃったな‥
西門さん‥相変わらず変わんないね。
チャランポランなのに、真摯な顔を見せる。
刹那‥
西門さんの瞳と絡み合う。
あたしが、牧野つくしだとバレてはいけない。今までの全てが無駄になってしまうから。
心を落ち着け‥ゆっくりとゆっくりと目を反らす。
茶会が終わり、西門さんが遊とあたしに声をかけて来る。
この人は、半信半疑で居るのだろう。
射る様にあたしを見つめている。あたしは賭けに出る。
「若宗匠、先日から私の事をじっとご覧になってますけど‥私の顔に何かついてますか?」
微笑みながら、あたしは彼に聞く。
「あっ、いえ‥あまりにも知り合いに似ていたものでして‥」
「あぁ、それでなんですね。余程その方と似ているのかしら?今朝方、家元夫人にも驚かれてしまいましたのよ」
「それは‥大変申し訳ないです。でも‥よく似ているんですよ」
「そうなんですか?」
あたしは、西門さんの瞳を真っ直ぐに見つめて笑う。
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